うとうととして

古典を少しずつ読みます。

二重の意味で自由(資本論、ディーツ版183頁)

だから、貨幣が資本に転化するためには、貨幣所有者は商品市場で自由な労働者に出会わなければならない。自由というのは、二重の意味でそうなのであって、自由な人として自分の労働力を自分の商品として処分できるという意味と、他方では、労働力のほかには商品として売るものをもっていなくて、自分の労働力の実現のために必要なすべての物から解き放たれており、すべての物から自由であるという意味で、そうなのである。

岡崎次郎訳)

Zur Verwandlung von Geld in Kapital muß der Geldbesitzer also den freien Arbeiter auf dem Warenmarkt vorfinden, frei in dem Doppelsinn, daß er als freie Person über seine Arbeitskraft als seine Ware verfügt, daß er andrerseits andre Waren nicht zu verkaufen hat, los und ledig, frei ist von allen zur Verwirklichung seiner Arbeitskraft nötigen Sachen.

(原文)

 一番目の意味については、(とりあえず)OK。

 二番目の意味の「すべての物から自由」は、ここでは、日本語の通常の用い方とはずれています。訳注を入れておいてくれないと、意味がとれず、困ってしまいます。もとのことばを提示されずにわかる人はおられるのでしょうか。

 自由のもとのことばのfreiは英語のfreeにあたります。

[次の事項は孫引きです。]

-freiは名詞に接合する。「~の無い」の意味。派生語の例としてnikotinfrei(脱ニコチンの)。

(ミッヒェルほか(1980)、これからのドイツ語、郁文堂から引用)

(文献1)

 労働者階級を「無産階級」というときの無がここでのfreiなのね、とわかります。

 

 無産ということばの意味について、確認しておかないといけません。辞書を引くとつぎのようにあります。

無産:財産を持たないこと。対義語:有産。

無産階級:財産がなく、労働で得た賃金で生活する階級。プロレタリアート。対義語:有産階級。 

(語義は、梅棹忠夫ほか編(1989年)、講談社[カラー版]日本語大辞典、講談社から。)

 財産、というと、貯金、土地、家屋、自家用車、が思い浮かびます。しかしながら、今の場合、生産手段を思い浮かべるべきです。(Google Scholarで「二重の意味で自由」をキーワードにして検索してみつかった論文から抜き書きすると)

言うまでもなく、「二重の意味で自由」とは、生産諸手段を所有せず自分自身の労働力以外に売るものを持っていないという意味での自由と、封建的な身分的拘束から解放されているという意味での自由のことを指す。

(文献2)とのことです。「言うまでもなく」だそうです。

  

 一番目の意味「自由な人として自分の労働力を自分の商品として処分できる」についてですが、居住・移転の自由とか職業選択の自由とかを指します。そこまでわかって、また資本論24章の本源的蓄積も読んだ上で世界史の教科書を読み直すと、事情がより明確になってきました。世界史の教科書のいくつかの箇所を抜粋します。教科書は「世界の歴史」編集委員会(2009年)『もう一度読む山川世界史』、山川出版社です。

イギリスで最初に産業革命がおこった理由は、名誉革命以後に商工業がおおいに発展したこと、地主貴族が中小農地を併合して大農地をつくり(囲い込み〈エンクロージャー〉)、農業の生産力が高まり、これを資本家が借りて近代農法による市場むけ生産をはじめたため(農業革命)、囲い込みで土地を失った農民が労働者として都市へ流入したこと、七年戦争以来広大な海外市場をもったこと、などにある。

(159頁)

列強のなかでもっとも改革のおくれていたロシアでは、クリミア戦争の敗北後、アレクサンドル2世〈位1855~81〉がようやく自由主義的改革に着手した。そのなかで重要なものは1861年農奴解放令である。これは地主に有利な不徹底な改革ではあったが、資本主義の発展に道をひらいた。しかしポーランド独立運動がおこり(1863年)、国内でも自由主義勢力が強まると、これをおさえるため専制政治が復活した。

 (170頁)

もともと合衆国の南部では黒人奴隷による綿花・タバコの大農場制度(プランテーション)が成立し、奴隷制の維持と自由貿易論が強かったが、工場地帯の北部では自由な労働力確保のための奴隷制度廃止論と保護関税論が強く、両地域の利害対立は深刻化した。1860年に北部出身で共和党のリンカン〈任1861~65〉が大統領に当選すると、南部は連邦を脱退して、翌年アメリカ連合国を結成し、ここに南北戦争(1861~65年)がおこった。

 (177~178頁)

 「自由な労働力」という文言を十代の頃読んだとしても、居住・移転の自由とか職業選択の自由とかと結びつけて考えることは私には難しかったと思います。世界史の授業で何を習ったのかは、思い出せません。

 

[文献]

文献1) 原口 厚(2017)、ドイツ語読解の戦略と戦術(4)―語彙力の拡充―、文化論集〔早稲田商学同攻会〕50:35-178。

文献2)瀬尾 崇(2011)、資本主義経済における競争論の再構成--「当事者」の導入方法をめぐって、金沢大学経済論集 31(2):175-191。