うとうととして

古典を少しずつ読みます。

ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる(『資本論』第1巻、ディーツ版194頁)

労働手段とは、労働者によって彼と労働対象とのあいだに入れられてこの対象への彼の働きかけの導体として彼のために役だつ物またはいろいろな物の複合体である。労働者はいろいろな物の機械的、物理的、化学的な性質を利用して、それらのものを、彼の目的に応じて、ほかのいろいろな物にたいする力手段として作用させる。労働者が直接に支配する対象は、---完成生活手段、たとえば果物などのつかみどりでは、彼自身の肉体的器官だけが労働手段として役だつのであるが、このような場合は別として---労働対象ではなく、労働手段である。こうして、自然的なものがそれ自身彼の活動の器官になる。その器官を彼は、聖書の言葉にもかかわらず、彼自身の肉体器官につけ加えて、彼の自然の姿を引き伸ばすのである。土地が彼の根源的な食料倉庫であるが、同様にまた彼の労働手段の根源的な武器庫でもある。それは、たとえば彼が投げたりこすったり圧したり切ったりするのに使う石を供給する。土地はそれ自体一つの労働手段ではあるが、それが農業で労働手段として役だつためには、さらに一連の他の労働手段とすでに比較的高度に発達した労働力とを前提する。〔後略〕(『資本論』第1巻から。ディーツ版194頁。岡崎次郎訳。太字強調はブログ主による。)

 

 力手段の元のことばはMachtmittelで、2011年8月11日の記事では「力手段」を「働きかけの導体」で置き換えてみると、すんなり読める、と述べました。しかしながら、Machtmittelは手元の辞書では(政治学・政治機構の分野での用語で)「権力手段」とあります(小学館『独和大辞典』)。マルクス・エンゲルス全集の中で用例を探しました。資本論のほか、『反デューリング論』、『家族・私有財産・国家の起源』他にあり。

 用例からは、「従わせる手段」「言うことを聞かせる手段」と置き換えられそうです。

  もともと政治の分野で使われていたMachtmittel(権力手段)ということばを労働過程論に転用した、ということのようです。

 

 以下、用例です。

 『資本論』から。

奴隷制が行われている限り、あるいはまた剰余生産物が封建領主やその家臣によって食いつぶされてしまう限り、そして奴隷所有者や封建領主が高利に抑えられている限り、生産様式はやはり同じままである。ただそれが労働者にとっていっそう苛酷になるだけである。債務を負った奴隷所有者や封建領主がますます多く吸い取るのは、彼自身がますます多く吸い取られるからである。あるいは、彼はついに高利貸に席を譲ってしまい、高利貸自身が土地所有者や奴隷所有者になるのであって、ちょうど古代ローマの騎士がそれである。昔の搾取者が行なう搾取は多かれ少なかれ家長的だった、というのはそれがだいたいにおいて政治的権力手段だったからであるが、この搾取者に代わって、冷酷な、金銭をむさぼる成り上がり者が現れるのである。しかし、生産様式そのものは変えられないのである。(『資本論』第3巻から。ディーツ版25巻610頁。太字強調はブログ主による。)

 

剰余価値学説史』から。

搾取を多かれ少なかれ政治的な権力手段としていた古い搾取者に代わって、金銭に貪欲な粗野な成り上がり者が現われる。(『剰余価値学説史』から。ディーツ版26巻の第3分冊520頁。時永淑・岡崎次郎訳。太字強調はブログ主による。)

 

『家族・私有財産・国家の起源』から。

ところで、きたるべき資本主義的生産の一掃のあとの両性関係の秩序についてわれわれが今日推測できる事柄は、主として消極的な性質のものであって、おおむね、なくなる事柄に限られる。だが、なにがつけ加わるだろうか? それは、新しい一世代が成長してきたときに決定されるであろう。すなわち、その生活中に金銭ないしその他の社会的権力手段で女子の肌身提供を買い取る状況に一度もであったことのない男子たちと、真の愛以外のなんらかの顧慮から男子に身をまかせたり、あるいは経済的効果をおそれて恋人に身をまかせるのをこばんだりする状況に一度も出あったことのない女子たちとの一世代が、それである。こうした人々が実際に現われる場合には、彼らは、彼らがなすべきだと今日の人間が思っていることなどは、まったく意に介さないであろう。彼らは、彼ら自身の行動と、それに適応した各人の行動にかんする世論とを、みずからつくるであろう。---それでおしまいである。エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』、ディーツ版21巻83頁。訳文は、土屋保男(1990)、新日本文庫から。太字強調はブログ主による。)

 

 結論としては、単に「働きかける」というよりはより強い、「従わせる」という意味がMachtmittelにはある、と考えます。

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[付記]

 権力は、手元の辞書では「〔人を支配する立場にあるものが持つ〕他人を強制し服従させる力」とあります(『三省堂国語辞典』)。

 『資本論』第1巻ディーツ版194頁の岡崎次郎訳で土地とあるのは、元のことばはErdeなので、「大地」と訳してもよいかもしれません。

 

[2023年12月11日追記] Machtmittelは「強制手段」と訳してもよいかもしれません。